参観授業 1年生 英語科
1年生は、6校時LL教室で英語の授業を受けていました。「私は野球をします」を英文で表現したり、「あなたは野球をしますか」という疑問文に直したりしていました。日本語で問題を作って、友達に英文に直してもらったりしたら、力がつくでしょうね。その逆もいいですね。
1年生は、6校時LL教室で英語の授業を受けていました。「私は野球をします」を英文で表現したり、「あなたは野球をしますか」という疑問文に直したりしていました。日本語で問題を作って、友達に英文に直してもらったりしたら、力がつくでしょうね。その逆もいいですね。
のぞみ学級では、5・6校時、国語科の授業をしていました。自己紹介の作文を書くために、自分の好きなことを掘り下げて考えていました。自分を見つめることは、難しいけど大切なことですね。
2年生は5校時、理科室で化学反応の授業をしていました。H2と02とで何ができるかなど、式を黒板に書き、先生が実験していました。なかなか実験が成功しなかったのですが、成功したときの音にみんな驚きの表情を見せていました。(水素の音)
3年生は、5校時保健体育科の授業で、ソフトバレーボールを2班に分かれてやっていました。サーブ・レシーブが難しいようで、ラリーは長く続きませんでした。6月9日には、PTAバレーボール大会があります。技能を磨いて、親子で勝負したいですね。
今日の給食の献立は、減量ごはん、わかめうどん、ささみとナッツのかき揚げ、こんぶ和え、牛乳です。うどんがとても温かく、かき揚げもパリパリしていて、おいしかったです。
おはようございます。今日は、「母の日」です。日頃の母の苦労を労い(ねぎらい)、母への感謝を表す日です。1907年(明治40年)5月12日、アメリカ人のアンナ・ジャービスが亡き母を偲び(しのび)、母が日曜学校で教師をしていた教会で記念会を行い、母が好きだった白いカーネーションを贈ったそうです。これが日本やアメリカでの「母の日」の起源とされているそうです。アンナの母への想いに感動した人々は、母を覚える日の大切さを認識し、1908年(明治41年)5月10日に同教会に470人の生徒と母親たちが集まり、最初の「母の日」を祝ったそうです。その後1914年(大正3年)に、「母の日」はアメリカの記念日となり、5月の第2日曜日と定められたそうです。照れくさいかもしれませんが、日頃お世話になっているお母さんに感謝の言葉、行動をしてみてください。きっと喜んでくれます。
また、5月12日は「ナイチンゲールの日」でもあります。ナイチンゲールは貧しい農民の悲惨な生活を目の当たりして、人の役に立つ仕事がしたいと思い、看護婦になりました。1853年から1856年の間に起こったクリミア戦争で、負傷兵に対して献身的な看護を行い、看護の重要さと貴さ(とうとさ)を社会に広く認識させました。「われは心より医師を助け、わが手に託された人々の幸せのために身を捧げん」という言葉を残し、90歳でこの世を去りました。
今日は、「めんの日」です。東京都江東区森下に事務局を置き、生めん類の製造業者団体である全国製麺協同組合会が制定しました。日付は一年を通じてめん類の関心を持ってもらおうと、細く長いめんのイメージと、「11」を「いい」と読む語呂合わせから、毎月11日を記念日としました。数日の「1」が4つ並ぶ11月11日はその中のシンボル的な記念日となっています。記念日は1999年(平成11年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録されました。また、めんの「1」をつなぐことで、「細く・長く・末永く・長寿」の意味も込められています。めんを食べる姿は、「つるつる(鶴)」、「かめかめ(亀)」で、「めんの日」は大変縁起のいい日です。
また、今日は、1970年(昭和46年)、登山家「松浦輝夫(まつうら てるお)」と「植村直己(うえむら なおみ)」が世界最高峰エベレスト(標高8488m)に日本人が初めて登頂した日とも言われています。人として、未知の世界に挑戦する強さが感じられますね。
廊下を通りかかると、5月らしい「あやめ」の花とともに掲示物の入替えが進んでいました。4月末、遠足はあいにくの小雨に見舞われましたが、写真からは友達と一緒に楽しそうに過ごす様子が見られました。